速読の対極

のんたん

2012年05月29日 18:26

舐めるように、というと

舌でゆっくり、ちびちびと、お酒を味わうときにとか、

孫を舐めるようにかわいがる、と愛でる大きさにつかったりするが。

さしずめ「舐め読」といえそうな、我が読書。




まとまって時間をとる読書を近年しておらず。

そのかわり、いつでもカバンに1冊を入れており。

本を読むのは「待ち時間」に限定となっていた。

いつも持ち歩くそれぞれのカバンに1冊ずつ。

看護生活では、手術や診療、お薬と、ともかく

出てくるのを「待つ」ことが多かったので、よく本を広げていたが

半分以上は身に入ってこず、何度も同じところをその都度読んでいた気がする。

今は、待ち時間も少なくなったが、広げれば、すっと物語に入れるようになり。

でも、5分とか、10分とか、細切れの時間つぶしの間の読書。

毎日あるわけでもない。


春先から読み始めた1冊の本が、昨日やっと読了。

なのに、最後のページを読み終わって、

「え?おわり?」とあっけにとられた。

こうして「ちびちび」と長らく物語につきあっていると

永遠にこの物語が身のそばにいあるような錯覚を持っていたらしく。

はなしが終わってしまったことに、読了の達成感より、わびしさがきたのだ。  

「お別れね・・・。」と、つぶやき、ブックカバーをはずし、書棚に収め。

現金なもので

「さて、次はどれを持ち歩こう。」と、未読の本の山から物色していると

まるで恋人選びのような

うふふな気持ちがこみ上げる。

付き合い始めは、ぎごちなく、なかなか入っていけないが

そのうち、すっかりその物語が身のそばにいるようになり。

でも、のめり込まずに逢瀬は必然の時だけとし。

舐め読は続く。




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