母心と姑心

のんたん

2012年11月23日 01:21

サバの煮つけをしていて、ふっと思い出して独り笑い出してしまった。

昔結婚間もないころ、お姑さんがうちの両親を招いて食事会をしてくれた。

サバの煮つけが出た。

宴席では、お客さんであるわたしの両親と、婚家の男衆には、身の部分、

当然お姑さんとわたしには、尾の部分が置かれていた。

それを見てとった実家の母が後に「あんたは、かわいそうなとこに嫁いでしまったねぇ。」と眉をひそめた。

同じ尾の部分でも、私の前には煮崩れた小さな切れ端が置かれていたからだという。

「お義母さんったら、自分の前に大きい方をおいてさ、食べ盛りのあなたにあんな・・。」


母の心としてみれば、嫁に行っても21歳の娘、

親は子に、できるだけおいしいところを選んで盛り付けるのが本能。

その娘が「虐げられている」と、目に映ったようだ。


お姑さんにしてみれば、「嫁というものは、自分を一番最後に考えるもの、自分を勘定に入れずにいてちょうど。」

そのポリシーがあるから、当然の配膳であったのだろう。

この娘は、もう「うちの嫁」という、私の母に対する暗黙のアピールであったのかもしれない。


わたしはといえば、当時やせっこけで食が細く、煮魚もあんまり好きでなかったため、全く頓着もなく、むしろ

お姑様の作ったものは残さず食べなければいけないプレッシャーがあったので

小さな切り身にほっとしていたくらいだった。


なので、母の言い分がありがたいとも思えずに、「そんなもんよ、いいじゃん別に。」といなしてしまったことが、

今になって、申し訳なく 「親心ありがと、ママ」と笑いつつ、つぶやいてみたり。




同じ母であるけれど、子の母と、子の嫁の母の心理の違いの妙を、あの頃はさほど実感しなかったけれど。


自分が、母になり、子に食べさせる喜びを知り。

いずれ、姑になる日も近づく年になった。


お嫁さんのご両親とのお付き合い、お嫁さんとのおつきあい、息子との距離の保ち方。


これまでの人生の経験を、生かせていける婆に、なっていきたいものだ。





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