遠い声

のんたん

2015年05月30日 15:29

朝から何度も、携帯の番号でかかっては話さない、息遣いだけの電話が。

いたずら?

でも伝わってくる空気は、不穏なものでもなく。

何度目かでようやく、ご年配のかすかな声が響く。

え・・・と。○○さん、ですか。

聞き覚えのない御高齢な男性声。すこしろれつも回らない。

「そうです。○○です。」できるだけゆっくりはっきりお答えすると。

わたし、△△□□です。覚えておいでですか。


ああ。当時とは全くお声の質が変わっているけれど。

かつて、直属の上司であった方。この方の秘書を務めた。

遠く、広島の地に定年後のお住まいを決め、以来お会いしたことはなかったが

奥さまには達筆なご年賀状を毎年いただいていた。

主人は筆不精なのでごめんなさいね、わたしが代筆しておりますと、気安さからの書き添えも。

ご定年時には選びに選んだ夫婦湯のみをお贈りし、

いつも嬉しく使っていますよ、と書き添えてくださっていた。

夫が亡くなった折も、お悲しみはいかばかりかと、と抱きしめたくなるようなあたたかいお手紙をくださった。

その奥さまが急逝して2年。

30年ぶりにお聞きする元上司のお声。

「施設に、入って、おります。家内に、すべて、頼んでいたので、なにも、できませんので。」と。ゆっくりとおはなしなさる。

声がかすれているので、受話器にしっかり耳を抑えつけてお声を拾う。


「おなつかしゅうございます。お声が聞けてほんとに、うれしい。」

ひとしきりお話を聞いてからそう申し上げると、「ああ、ははは、時間が、経ちました。うん。」と。

それでは、ね。元気で、ね。幸せに、おなりなさいね。さようなら。

と、いい置くと、ぷっと電話は切れた。

「さようなら」

受話器を置けず、持ったまま涙がこぼれた。

「では、また。」とおっしゃらず、「さようなら」と口になさった心情を思う。

・・・ありがとうございます。

思い出して、くださって。

生きて、いきます。





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