今来たこの道かえりゃんせ
夏は日が長い。
単身赴任の父が月に1,2度帰宅する日曜日は、早めの時間に銭湯に連れて行ってくれた。
風呂帰りはまだ夕焼けで、うちに帰れば夕飯。 銭湯への行き帰りが父と手をつなげる唯一の時間だった。
♪ あのまちこのまちひがくれる~日が暮れる~今来たこの道、かえりゃんせ~かえりゃんせ。。
夕焼けを見ながら、いつも父が歌い歩いた。左手で私の右手を軽く握り、前後に振りながら。
一緒にお風呂に入れた時代だから、6歳くらいまでの話だ。
その後、父と手をつないだ記憶は、ない。
夕飯の晩酌は日本酒。お酒を飲む人は、あまり量を食べないと知った。
気にいったつまみを、箸で少しずつつまみながら、ゆるやかに美味しそうに猪口を傾けていた。
大人の時間に入った父に、子供が近づくことはなかった。それがルールのような気がしていた。
大人になって恋をすると、手をつなぎたがる女に育った。なによりも、それができることが、恋のだいご味だった。
相手が飲み始める時間には、少し離れて、そばに控えた。
と考えると。それは、はたして、恋だったのか。郷愁だったのか。
私の右手は、いまも、あたたかい大きな左手を、恋しがっている。
関連記事