2013年02月08日
かえるのこはかえる
今日は、亡き母の誕生日。
というわけで、彼女の若かりし日の一枚。
保存が悪くて、しみもちらほらだけど、
どこかの録音室らしく、前方にマイクが。
へぇ、こんな仕事もしてたのねぇ、独身時代。
かえるのこは、かえるってことか。
はっぴばーすでぃ、ママ。
声がそっくり、ってよく言われたよね、わたしたち。
というわけで、彼女の若かりし日の一枚。
保存が悪くて、しみもちらほらだけど、
どこかの録音室らしく、前方にマイクが。
へぇ、こんな仕事もしてたのねぇ、独身時代。
かえるのこは、かえるってことか。
はっぴばーすでぃ、ママ。
声がそっくり、ってよく言われたよね、わたしたち。

2013年01月25日
昭和七年主婦の友付録
2013年01月10日
新宿 赤と黒

これは昭和30年~40年代、かなぁ。。。
赤と黒、というBarが新宿にあったらしい。
5月2日新宿「赤と黒」にて。とだけ裏書。
実家の母は子のなかった先代夫婦に世田谷の本家筋から3歳の時養女にもらわれてきて、後年父を養子に迎えた。
その生みの母親を母は育ての母親を看取った後、世田谷からうちに引き取って看取った。
その世田谷のおばあちゃんの遺品(財布)が残っていて。
中にこの写真があった。
母の弟さんだ。(と思う)
ずっと財布に入れて持ち歩いていたこのおばあちゃんの母心を想う。
この弟さんは若いころ、バーテンをして、その後レストランを運営、
中年以降は奥さんの実家のある北陸へ転居して暮らしておられるとのこと。
イケメンだなぁ。。。
遺伝子欲しかった。(笑)
2013年01月08日
富山の薬売り

その昔、年に1,2回富山の薬売りの行商人さんが訪ねてきました。
大きな風呂敷包みをよっこらしょと土間の上がり台に降ろしますと、やなぎごおりを開きます。
子供心にわくわくと、祖母の後ろに控えておりました。
お目当ては、お土産の紙風船。
厚紙でできた薬箱に、新しいお薬を補てんしていきます。
使った分だけお支払。
お茶をふるまい、ひとしきり、祖母と茶飲み話をし、また次のお宅へ。
そのおじさんが置いて行ったちらしです。
ヅーシは、頓服。
熱が出たり、歯が痛い時お世話になりました。
粉薬で、オブラートに包んでもらい砂糖水で飲みました。
仁愛アースは塗り薬。オロナインのようなものだったのかな。
久保医薬品の製品ですが、当時、福井、富山あたりの会社だったらしいです。
そういえば、昔は行商人宿というものがあって。
繁華街でもなく温泉地でもない、こんなところになんで旅館が?という場所にひっそりありました。
いまは、みかけませんねぇ。
2013年01月07日
映画 「修羅時鳥」(1957年公開)

『修羅時鳥』(しゅらほととぎす)
小説初出 昭和9年 原作者 吉川英治
当時人気絶頂の二枚目スタァ大川橋蔵主演作品。
他2本、同時公開上映。
東映オリオン座。
「完全暖房」が売りだった映画館。
同館は1917年(大正6年)ごろ「松本電気館」として市内の有志が出資して開館した。
その後、平形興行(大手4)に運営を譲渡、「オリオン座」「松本東映」と改名し、
1967年(昭和42年)ごろに建物を改築、現在の木造一部鉄筋コンクリート造りの映画館となった。
2002年に通りの名前をとって「上土シネマ」と改名し、2008年、惜しまれながら90年の映画館運営に幕をおろした。
2013年01月06日
1957年新春新聞折込広告

なつかしき、松本市六九商店街にあったお店の新聞折り込み。
正月あけの新聞に、あめ市の広告が入っていたものらしい。
私の生まれる何年も前のチラシが、シワひとつなく取ってある、この驚愕。
おそるべし、「捨てられない」遺伝子。
しばらく、こういった回顧シリーズを載せようかなと思う。
映画のちらしとかもけっこうあるし。