2011年08月13日
萎縮の心理
人頼みをする、ということが、これほど苦手だったのか、と自分でびっくりしている。
家庭の事情で、できないことが多くなり、人にお願いする、あるいはお声掛けを断る、
という場面が必然的に多くなる。
そのことに、ありえなく、心の萎縮が起きる。
電話をしなければ、と思うと、体に起きる拒否反応と闘う。
どうはなそうかと、逡巡して思案しないとなかなか受話器に手が伸びない。
電話機の前でどきどきする。
声が萎縮したものになる。
たぶん、しどろもどろっぽくて、自分でも情けない。
そういう態度は、お相手にも伝わるだろうから、いけないなぁと反省する。
すると、また動悸がきてしまう。
人様に面倒をかけたくない、と言えば聞こえがいいが
ようは、何事もちゃんとできる自分でいないと安心できない、という病気なのだと感じたりする。
これが逆なら、なんでもない。いいですよ、と、できることをいとわないのに。
頼む、ができない性格と言うのは、ほんとにまずい。どうしてこういう性格になってしまったのだろう。
もっと、おおらかに、「すみませ~ん」ができたら、相手にも自分にも絶対いいと思うのだが。
わたしがおおらかにしてなきゃ、家族にも安心感を渡せないのに・・ね。。
体が硬く縮こまっている自覚は、そのまま、心が硬くなっている証だ。
深呼吸だなぁ。。しっかり。
家庭の事情で、できないことが多くなり、人にお願いする、あるいはお声掛けを断る、
という場面が必然的に多くなる。
そのことに、ありえなく、心の萎縮が起きる。
電話をしなければ、と思うと、体に起きる拒否反応と闘う。
どうはなそうかと、逡巡して思案しないとなかなか受話器に手が伸びない。
電話機の前でどきどきする。
声が萎縮したものになる。
たぶん、しどろもどろっぽくて、自分でも情けない。
そういう態度は、お相手にも伝わるだろうから、いけないなぁと反省する。
すると、また動悸がきてしまう。
人様に面倒をかけたくない、と言えば聞こえがいいが
ようは、何事もちゃんとできる自分でいないと安心できない、という病気なのだと感じたりする。
これが逆なら、なんでもない。いいですよ、と、できることをいとわないのに。
頼む、ができない性格と言うのは、ほんとにまずい。どうしてこういう性格になってしまったのだろう。
もっと、おおらかに、「すみませ~ん」ができたら、相手にも自分にも絶対いいと思うのだが。
わたしがおおらかにしてなきゃ、家族にも安心感を渡せないのに・・ね。。
体が硬く縮こまっている自覚は、そのまま、心が硬くなっている証だ。
深呼吸だなぁ。。しっかり。
Posted by のんたん
at 10:45
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