2011年10月09日

四十九日法要と納骨

父のホームの退去日があるので繰り上げで四十九日法要を兄妹家族だけでとりおこない。

父にとって我が家であったホームの居室でこじんまりと法要。

兄夫婦は赤ちゃんをおばあちゃんにお留守番してもらい、二人でかけつけてくれ。

うちは下息子に夫を頼み、上息子と二人ででかけた。

頭痛は芯は残るもののなりを潜めてくれており。ほっと安堵。

朝早起きして、法要用の仏前料理、野菜のてんぷら、香のもの、煮物、あえものをこしらえ

お墓用と仏前用の花をいつもの花屋さんに整えてもらって、ホームへ。

法要の料理を作ったのは久しぶりだったので、いい方は変かもしれないが、懐かしく作った。

おばあちゃんの家で同居だった頃は法事続きで、親戚がみんな家に集まって泊っていったから

大量の精進料理を作ったものだった。

今回は仏前用のみなので、小さな鍋でちょこちょこっと。

ままごとみたいだなぁと思ったり。

四十九日法要の後に続いて

県外に住む兄が位牌を持っていくために続いて仏壇の御霊抜き法要をしていただき、

兄が頼んだ業者に運び出しをしてもらう。

お墓に納骨をしてあとふき。

1日にぎゅっと詰めたスケジュールとなった。

夫は今日は体調がよくいてくれたので、下息子も安心していられたとのこと。

きっとお父さんのおかげ様。ありがとねぇ。。

あとふきは兄が深志楼を予約してくれて。

懐石をいただいてきた。

父の仏前にもお料理を用意してくれてあり。

四十九日法要と納骨

一緒に食事ができた気がして嬉しかった。

温かい家庭を持てた兄と旧交を温めることもでき、亡き父のおかげで有難い時間となった。

危篤から葬儀、四十九日と忙しい合間をぬっての長距離往復。

兄とお嫁さんも大変だったことだろうに、私と息子の労をねぎらってくれた。


居室を後にする前に父の位牌とともにベランダから最後の眺めを楽しんできた。

間近にある松本城では蕎麦祭りの真っ最中。

山々はきれい。「どうよ、お父さん、見おさめよ。」と位牌に声をかけてみる。

毎年この蕎麦祭りにいっていた父である。

お骨で兄夫婦とホームに到着してから法事を待つ間、こっそりのぞきに行っていたかもしれない。

帰宅するともう寝ていた夫が起きて「お疲れ」とねぎらってくれた。

下息子はおととい親知らずを抜いてきたとのことで頬がまだ腫れている。

かわいそうに。傷病みせずにすみますように。

痛いときに帰宅してくれて、ありがとね。

みなみなさまに、おかげさま。

無事に父は仏さまのおそばにいくことができました。


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Posted by のんたん  at 22:38 │日記

この記事へのコメント
お父様は三途の川を渡り、とうとう極楽浄土に到着されましたね。
今ごろ雲の上で白い服を着て、観音様をはじめ多くの皆さんと一緒にハスの花が咲く池のほとりで、1mもある長い箸を使って、食事している事でしょうね。
お互いにお互いの口に長い箸を使って、食べ物を運びあい、食べさせ合っている事でしょうね。
Posted by 8484 at 2011年10月10日 09:14
8484さん

好奇心の強い父でありました。
極楽の新生活、楽しんでくれているでしょうか。逢いたかった人にも逢えているでしょうか。よいところにいてくれたら幸いです。
Posted by のんたんのんたん at 2011年10月10日 15:42